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大阪ニコンサロン「あたらしい糸に」開幕です。

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明日1月5日から、大阪ニコンサロンにて、伊奈信男賞受賞作品展「あたらしい糸に」が開催となります。
昨年、8月の銀座ニコンサロン、12月の新宿ニコンサロンに続く展示で、大阪ニコンサロンで受賞作品展としては最後となります。

これまでの僕の写真展の経験では多くても2会場の開催でしたが、伊奈賞をいただいたことで合計3回もの展示の機会をいただくことになりました。
今回のようにたくさんの方々にご覧いただくと、写真たちが僕の手を離れ、ひとりで歩き始めたような気持ちにもなります。だからなのか、今、感じているのは新たな気持ちで写真を撮りたいという思いです。それは別のテーマに取り組みたいということではなく、これまでのテーマのもっと先、もっと深みを探っていきたいという感覚です。
僕の暮らしている東北には、まだまだ、見るべき姿、撮るべき現在があるはずです。東北の同時代を生きる者として、そういったもののひとつひとつを見つめながら、この土地の現在を理解していきたいと思っています。
そして、「あたらしい糸」たちの紡ぎ出されていく姿にシャッターを押していきたいと思っています。
17年前に東北に移住すること出会った風土とそこに暮らしている人たちに感謝しながら、旅を続けていきたいと思っています。

会場および会期は以下の通りです。
大阪ニコンサロン
大阪市北区梅田2-2-2
ヒルトンプラザウエスト、オフィスタワー13階

2016年1月5日ー1月13日
10:30-18:30(最終日15:00)
※在廊予定日は、9日の午後から13日までを予定しています。

どうぞ、お立ち寄りくださいませ。


第40回伊奈信男賞授賞式

新宿ニコンサロンで第40回伊奈信男受賞作品展「あたらしい糸に」が12月1日が始まりました。
また、初日の夜は授賞式も行っていただきました。
たくさんの著名な写真関係者の皆様がいらっしゃるなかで、胸に赤いお花をつけていただき、スピーチをしたり、ブロンズ像をいただいたりと、全く初めての経験のことばかりで大緊張の夜でしたが、審査委員の先生方をはじめ、主催のニコンの皆様、来賓の方々、写真家の友人たちなど、本当にたくさんの方々からお祝いのお言葉をいただき、思い出深い夜になりました。本当にありがたく感じています。
これからも、誠意を込めて写真を撮り続け、賞の名に恥じない作品を作ることでご恩をお返ししていければと感じています。
会期は7日までになります。お近くにいらっしゃった際にはお立ち寄りいただけますと幸いです。

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「島思い」などの沖縄の写真で知られる写真家の山下恒夫さんにとっていただきました。左隣にいるのは
新宿ポートレートで知られる写真家の有元伸也さん。ともに敬愛している大切な友人です。

第40回伊奈信男賞「あたらしい糸に」

今年の8月26-9月8日に銀座ニコンサロンで開催させていただいた「あたらしい糸に」がニコンサロンの年度賞となる第40回伊奈信男賞に受賞いたしました。
正直、これほどの賞をいただけるなど思ってもみませんでした。もちろん、いつかこういう賞をもらえるような作品を作っていきたいと思ったことはあります。ですが、過去の受賞者リストを眺めてみると、世界的に活躍する写真家の名前がずらっと並んでいます。「錚々たる」というのはまさにこういうことと言える伊奈賞の歴史の中に自分の名前が連ねられるなど、そう簡単に想像できるものではありませんでした。
受賞のお知らせをいただき、少し時間がたちましたが、今も信じられない気持ちです。
と同時に、今後はこれまで以上の作品を作り続けていかなくてならないという使命を与えられたわけですので身が引き締まる思いです。
そして、忘れてはいけないのが、この作品はもちろんんこと、これまで僕のカメラの前に立ってくれた被写体の皆さんへの感謝の思いです。
17年前、東北岩手が好きで移住し、ただただ写真を撮り続けてきました。その間、本当にたくさんの人にカメラの前に立っていただきました。その過程のなかでどれほど多くのことを学んだか。この時間なしには今の僕はあり得ないと思っています。
それだけに、今回の受賞は東北の人や風土からいただいた賞だと感じています。本当に心から感謝しています。

今後は、12月1日に授賞式があり、同日より新宿ニコンサロンで7日まで受賞展が開催されるほか、来年1月5日から13日は大阪ニコンサロンでも受賞展が行われる予定になっています。
お近くにいらっしゃった際にはぜひお立ち寄りいただけますと幸いです。
また、いくつかの写真誌にも取り上げていただく予定になっています。
こちらも機会がありましたらご覧いただけますと幸いです。

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2012大間越


個展「あたらしい糸に」始まります。

昨日、上京し無事に銀座ニコンサロンでの設営を終えました。
若干の並びの変更もありましたが、まずは初日を迎えることができてホッとしています。2週間の会期中10日間ほど滞在します。今の僕にとってこの在廊期間というのが写真展を行う大きな意味だと感じています。
たくさんのお客さまが自分の撮った写真から何を感じてもらえるのかを体感できる貴重な機会です。日常の依頼仕事ではチームでの作業となりますが、作品制作行為とは孤独な作業です。
そういう意味では自分の作品が立っている場所が、今の時代にどういうかたちで関われるのか、そういうことをぼんやりと感じられる時間が在廊期間だったりします。
また、写真展ではずっと自分の写真と対峙することになります。展示の時点ですでに感じてしまったのですが、自分の写真の稚拙さと未熟さに痛感させられ、写真展をすることに不安を覚えたりもします。
とはいえ、そう簡単に変わっていけないのが写真を撮る難しさでもあります。写真展を通じて少しずつでも、撮るべきものの核に近づいていければと思っています。
東北の祭礼に向けるカメラの行き先はどこに定めていけばいいのか、在廊期間ではそういうことも自分なりに考えていきたいと思っています。
そして、ご覧頂いた方々には、同時代に行われている祭礼が自分の暮らす世界から遠く離れた異文化的な行為ではなく、行為を行う人のなかにある同じ「今」を感じていただければ幸いです。その「今」のなかに、祭礼という行為を続ける意味が見つかるかもしれませんし、あるいは祭礼を必要としなくなる時代や心理も見えてくるかもしれません。
本日から9月8日までの会期となります。どうぞよろしくお願いいたします。
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個展「あたらしい糸に」銀座ニコンサロンのお知らせ

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普代・岩手 2010年

銀座ニコンサロンにて8月26日から9月8日まで個展を行うことになりました。
タイトルは「あたらしい糸に」。東北の祭礼を訪ね歩き、撮りためた写真群になっています。
オープンまで早いもので10日を数えるばかりになります。日常の撮影をこなしながらの準備だったので、慌ただしい日々でしたが、ここにきてようやく暗室作業も終わり、少し一息ついているところです。
ニコンサロンでは新宿も合わせると3回目の個展になります。そういう意味ではよく知っている環境ではありますが、やはり個展準備というものはなかなか大変なものがあります。
とくにロータリーチューブを使って大全紙まで伸ばす暗室作業は、普段行っているCP32でのプロセスと違い、まさに手仕事といった感じなるのでいつも苦労させられます。
しかし、僕が愛用しているkodakのカラーネガに詰まった銀粒子が気持ち良く解きほぐされ、大全紙の印画紙に投影される様子は、高揚感を覚えます。こういうプロセスでカラープリントを制作する写真家も少なくなりましたが、フィルムと印画紙の組み合わせによる写真表現の美しさは、簡単に捨てられないものだと感じます。
印画紙の種類が減り、かつ質も落ちてきている現在においては、最高の銀塩プリントを制作することはもはや不可能に近くなってきてますが、それでも本展では、銀塩プリントの持つしっとりした美しさを感じ取っていただけるのではと思っています。

展示写真の内容については、被写体は祭礼というものですが、「東北の現在」というものが表現の主題です。僕が祭礼を訪ね始めたのは約10年前にことになりますが、日本の地方というものは大きく変わり続けていると感じます。「地方再生」「地方ブランディング」など、ある種のトレンド感を持って「地方」が語られるようになったと思います。
こうしたムーブメントのひとつひとつを僕自身良く知るわけではありませんが、正直なところ何か違うのではないかと思うことも少なくありません。ひとことで言ってしまうと、これらのムーブメントの目的の多くは「経済」であり、歴史や文化なども「経済」のフィルターを通した結果、「残ったもの」が良いとされる風潮にあります。不況続きで、「経済」を重視する理由もよくわかります。また、「経済」の力によって、息を吹き返すものもたくさんあるでしょう。しかし、このフィルターからこぼれ落ちるものはどうなってしまうのだろうといことも、祭礼への旅で感じ続けてきたことでした。

また、祭礼から何を感じるか、何を見るかという点においては、ずっと悶々とし続けてきました。
祭礼は、非日常であるがゆえにエキセントリックです。自分たちの知らない精神世界がそこにあると思わせてくれます。
僕は昔から、そして今でも「自分とは異なる精神世界がそこにある」と思わせる世界に惹かれます。たとえば、テレビドキュメンタリーでありがちのアマゾンの先住民の暮らしや、ネイティブアメリカンの精神世界、、、そういうものに子供時代から強い憧れをいだきつづけてきました。
遠い時代、遠い世界に暮らす人を見ながら、「現代社会が忘れた人間性」「人間本来の営み」など、ある意味、手垢のついた言葉をほかの人よりも大切にしてきた人間なんだと思います。
だからこそ、祭礼を訪ね始めたときは、そういう感覚で祭礼という営みを見ていました。
とくに東北の祭礼はアニミズムの気配が濃厚です。「縄文」や「狩猟採集」など、憧れを抱くことができる世界を見つけることは難しいことではありませんでした。
もちろん、そういったものを頼りにアプローチすることを否定するわけではありません。それはそれで東北の本質を引き出すツールになるはずです。
でも、僕は東北に移住し、東北で暮らすことを選んだ人間です。その立場から、今見るべきことは、「縄文」やアニミズムなのだろうかという思いを拭い去ることはできませんでした。
東北の今を語る上で、そこに帰結するのは拭い去れない違和感を覚えました。
そういったものではなく、もっと「今」と関わることを見るべきではないか。変わりゆく時代のなかで失うものと得るもの。それを知りたいと感じてきました。
そう考えた時、やはり見るべきものは、祭礼を行う人々の「今」でした。
祭礼という無形文化の中を満たすものがどのように変わっていっているのか。そのことを考えることは、東北の今と選択すべき未来を考えることにつながっている。それが僕の祭礼の旅の中身でした。
簡単に答えが出るようなものではありません。
明日もまた岩手北部の祭礼に出かける予定です。旅の途中経過として発表できればと考えております。

会期やステートメント等はニコンサロンのWEBサイトに掲載中です。
ご覧いただき、会場までいらっしゃっていただけたら幸いです。

http://www.nikon-image.com/activity/salon/exhibition/2015/09_ginza.html#01


今日という日のこと

邦人2人の人質のニュースが発表されて以来、ずっと胃の中に鉛が沈み込んでいるような状態が続いていた。きっと、日本中の誰もが口にしなくとも、そういう状態だったことだろう。そして、湯川さんが亡くなったことを知らされ、その後、後藤さんだけでも助かるかも、奇跡が起こるかもしれないという期待を抱くこともできたが、今朝、最悪の結果を伝えるニュースを受け取ることになってしましった。
今は、ジャーナリストとして生き抜いた後藤さんの魂にただただ黙祷するしかないのだろうけれど、簡単にそこに至らないでいる。
二人を殺害した海の向こうの彼らについて、正直、僕は何の言葉も持たない。同時代で生きてきながら恥ずかしいことだが、イスラム圏に対する知識は皆無に等しい。そもそも、後藤さんをはじめ、ジャーナリストたちが命をかけて伝えようとしてきたメッセージにちゃんと耳を傾けてきたという意識もない。そう、僕にとってずっと対岸の火事だったように思う。
2004年にやはりイスラム系のテロ集団に殺害された香田証生さんのときにも衝撃を受けたはずなのに、僕の中では遠い国の出来事で終わっていたのだろうと思う。
でも、だからこそ、今回のことは対岸の火事に捉えては絶対にいけないような気がする。
自分やその周辺ハッピーであればすべて良しというのは、個としての人間の大きさを考えてみると、決して悪いことではないと思う。そういう身近なところから人間の幸福は始まると思う。
でも、それでは、シリアで亡くなった2人とそこにある世界はいつまでたっても自分は関与する必要がないということになる。
今日、このことをずっと考えていて浮かんだのは、被害者遺族という言葉だ。
今回のテロによって、日本が二人を喪ったとき、僕たち日本人は被害者遺族となった。
僕たちの国の首相は、「彼らに今回の罪は償わせなければならない」との声明を出したけれど、一般的な法治国家において、遺族が加害者に直接罪を償わせることは報復行為であって、それは許されていない行為だ。それと同じで、きっと今回のテロ集団にも日本が直接罪を償わせることはできないだろう。
加害者から直接被害を与えられた身内を持ちながらも、直接、被害者に罪を償わせることができないというギャップ。今後、僕たちはこのギャップをどのようにして埋めていくことができるのだろうか。
安倍首相は、「人道的支援の推進」を語った。それも大切なひとつだろう。しかし、それだけでは解決できる問題ではないのは明らかだ。
被害者遺族として、今回のテロを起こした彼らのこと、その背景、そして、そこから導き出される問題を真摯に考えること、結局、それを続けるしかないだろう。
そして、究極、僕たちが考え、知らなくてはならないのは、「人間」というものの存在だ。
彼の国の処刑係は人間を超えたモンスターではないはずだ。彼も人間であり、あの場に駆り立てた出来事がきっとあったはずで、立場さえ異なれば、僕も、そして誰もがきっと彼になりうる要素は持ち合わせているにちがいない。
どんなに悲しくとも、きっと、それが人間という生き物なのだ。
その前提に立ち、「人間」を考えていくしかないような気がする。
信じるものも、ものの見方も、ときには善悪さえも異なる他者のことを考え、理解し、どのようにして付き合っていくか。それしかないと思う。

宗教学者のジョゼフ・キャンベルが、「生きるよすがとして神話」という書物の中で、「神は一人しかいない。神のまわりにはたくさんの窓があり、みな、その窓から見る神を唯一の神と信じている」という内容のことを書いていた。
この本を読んだのはもう20年近く前のことになるのだが、神を信じていない僕は、「神」を「幸福」と捉えた。
それぞれの価値観に照らし合わせると幸福のかたちも変わる。しかし、人間の究極の幸福は価値観がどうあれ、愛され愛することだ。
そこに至ったとき、決して理解できない他者がいるという事実があったとしても、多くのことを肯定していく糸口があるのかもしれないと思ったものだった。
僕たちは、亡くなった二人のためにも、もう一度、人間について考えなければならないと思う。彼の国の人たちが僕たちに突きつけたのは、僕たちが抱えている「人間」への理解のなさに思えてならない。

湯川さんと後藤さん、彼の国に亡くなった多くの魂が安らかに眠る日が来ること、ご家族の悲しみが癒える日が来ることを願ってやみません。

1年ぶりに

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降る雪を見ながら、いろんなことを考えられるような時期になった。
昨年は、いくつかの大きな撮影を依頼されることもあり、時間というよりは気持ちに余裕がなく、ここに何も書くことがなく、時が過ぎてしまった。
作品を発表することについても、大きなチャンスをもらいながら諦めてしまったりと、少しだけ後悔の残る年だった。
でも、その一方で依頼撮影については、様々なチャンスをいただき、素晴らしいクリエイターたちと一緒に、いくつものチャレンジをさせていただいた。そういう意味では、なかなか刺激に富んだ一年だったようにも感じる。

さて、今年はどういう年だろうか。遅々としてペースではあるけれど、作品の撮影を続けながらもなかなか発表できないでいるので、今年はなんとか写真たちを世に送り出すことができればと考えている。
まずは、撮りためたネガに光を当て、印画紙の上に写し出し、暗室から出してやること。そこからはじめる必要があるだろう。

身の回りでの変化といえば、愛犬のさくらのことだろうか。
今年でさくらは15歳になるが、去年一年でずいぶんと体調の変化が見られた。
まず、クッシングという副腎の病気を患ったことがひとつ。これは今も続いていて、老化から来るものだけに完治することもなく、投薬で症状を緩和しているという状態。盛夏の頃は体調を崩し気味だったけれど、雪が降る頃から回復傾向をみせ、今はわりと良い状態を保っている。
さくらの身体が病気との付き合い方を見出したのかもしれないし、雪の季節が大好きなゆえの気分的な好調が身体にも良い影響を与えているのかもしれないが、いずれにしても好ましい状態だ。

あと、白内障が進み、瞳がずいぶん青白くなった。これは老犬にとってはある意味避けられない症状だろう。ただ、さくらの場合、元来視力が良い犬なので、少しにごっている程度では、まだまだ問題ないのか、それほど不便しているようには見えない。
薄暗い森の中を散歩する際も器用に細い枝を避けながら歩いているところを見ると、当分は大丈夫なのではと楽観視している。

その一方、少しやっかいな状況になってきているのが聴力だ。犬の感覚としては、鼻、耳、目の順で優先順位がおかれていると聞くが、そうだとすると、今のさくらは少し可哀想かもしれない。
さくらの耳がおかしいことに気づいたのは、昨年の夏の頃だろうか。
僕が撮影から帰ってくると、どのような雨風であろうが庭に入ってくる車の音を聞きつけて、玄関先で待っていてくれたものだったが、あるとき、玄関を開けるまで気づかないことがあった。
そのときは「あれ、おかしいな。さくらのやつ、熟睡でもしていたかな」と思って気にしていなかったが、その後もそういう状況も続き、また、散歩のときに森の中を離れて歩くさくらに声をかけても反応しないこともあって、聴覚の衰えを認めなくてはならない状況となっていった。

犬の耳の衰えがどのように進んでいくか、ちょっとわからないけれど、さくらの場合、かなりの速度で進行しているようにも感じる。たとえば、大嫌いな花火の音もある程度は気にならなくなったようだし、耳が聞こえにくいゆえに身体の反射が敏感になってきた。
もちろん、まったく聞こえなくなってしまったというわけではないようだけれど、ときには、大きな声で何度も名前を呼んでも気づかないことも多く、聴覚については深刻な状態になりつつあるのかもしれない。

ただ、当のさくらにとっては、ある日突然、音が聞こえなくなったのではなく、徐々に聞こえにくくなっていったということでそれほど違和感がないのだろうか。あまり、気にしている様子もなく、立派に尖った三角の耳をいつものようにぴんと立て、元気よく森の中を歩いている。

そんなさくらを見ながら、最近はよく、さくらが自らで感じ得る感覚がどういうものなのか、思いをめぐらせている。
犬にとって耳が聞こえなくなることはどういうことなのだろうか。目が見えなくなることはどういうことなのだろうか。
音が消えていくことで、静けさが広がっていくのだろうか。その静けさとは、激しく降り積もりながらも凛と澄み切った静けさを増していく雪の森にも似た世界なのだろうか。それとも、森の高み、梢の先をいくつも渡る風の響きが常に耳の奥に存在するようなものなのだろうか。

瞳が濁り、視界が衰えていくこともどのような感じなのだろう。暖かい部屋から寒い外気へと持ち出したカメラのレンズが一瞬にして曇ってしまい、すべてのものがぼんやりと見えるようなものなのだろうか。
それとも川の底から光る水面を仰ぎ見たような感覚なのだろうか。

手を伸ばせばいつも触れる場所にいて、いくらでも話しかけられる存在ではあるけれど、さくらの感覚についてはどこまでも想像でしかないこと。それはいつも僕をもどかしい気持ちにさせるけれど、そう遠くもない将来、自分もまた似たような感覚を味わうことになるのだろうと思うと、答えを得るのはそのときでいいのだという気にもなっている。

今日の雫石は荒れ模様で、真っ白な雪が長い間、舞っていた。
夕刻になって、一緒に散歩に出ると、森は凍えて青白くなり、空は深い青を広げていた。
さくらはいつも通り、尾の先を右側に曲げながら、元気そうに森を歩いた。
その尖った耳と青白い目の向けられる森はとても静かで、美しさがどこまでも続いていた。

今、こうして文章を書いている脇では、散歩を終えて満足したさくらが静かに眠っている。
森を渡る風の音や、立ち並ぶ樹々の凛とした佇まいを、この黒い毛をまとった小さな生き物が感じ取れる時間はどれくらい残されているのだろうか。
それはただただ生命の領域で、僕にはまったく想像が及ばないけれど、もう少しだけ、続いていって欲しいと願っている。

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2014年を迎えた雪原。さくさくと雪をふむ音とともに、白の世界へと入って行く。
舞う雪は光の粒だと思うことも少なくない。

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雪の世界がどこまでも続く湯田へ。
白に包まれた町や野山は夢の中で見た幻想にも似ている。
ときとして、現実ではなく幻想が本質を導き出す。
雪に抱かれることで、この土地本来の姿が見えてくると感じるのは、僕だけの幻想だろうか。
この土地では、これから春まで毎日のように雪が降り続ける。

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夜から朝へ。
朝日が昇り始める刹那、大気はかすかな熱をも絞り上げるかのように凛と冷え込んでいく。
足下では歩くたびに雪が鳴き、森の木々はいよいよ静けさを増す。
雪の色が次第に変わってきたと思ったら、木立の中から今日の太陽が光を突き刺してくる。
雪は光をしずかに受け止め、いつもの朝が始まっていく。


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