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下北への旅

下北への短い旅。昨日は、仏ヶ浦で行われた魂にまつわる祭りを見て、今日は早朝から恐山を歩いた。
あいにくの霧雨。でも宇曽利湖を覆う雲はどこか明るい。
早朝の恐山は何度か経験があるけれど、今日はどこか不思議な気配が立ち込めていた。
昨日に終わった例大祭の熱がほんのわずかに残っているといえばいいだろうか。
静けさのなかにも人の気配を感じる。

賽の河原への道を歩き始めると、濃厚な硫黄臭が身体にまとわりついてくる。
ごろごろと転がる奇態な岩の割れ目からたちのぼるそれはまさに大地の熱そのもので、妙な艶かしさを持って肌に触れてくる。
道の両脇にころがる石の脇には無数の供物や並び、風車がときおりカラカラと回る。
色とりどりの包装をまとったお菓子などの供物も風車も明け方まで降った雨に濡れてしまっているが、荒涼とした風景のなかで色彩の鮮やかさは増しているようにも見える。
硫黄ガスにより草木の生えない恐山では、こうした供物や周囲の山の緑が色彩を作り出す。

この道を行くと濃い硫黄ガスにやられるのか、いつも少しだけぼうっと頭がかすむ。今日は気圧が低いせいか、いつもよりそれがひどい。
半ば心地よくふらふらと宇曽利湖のほとりまで歩いて行く。湖面には柔らかな波がたち、風がときおり強く吹く。白い砂が広がる浜には、ここにも数多くの花と供物が並んでいる。
冷たい夜の雨は容赦なくそれらにも降り続けたのだろう。食べ物も花もみな痛み、朽ちつつある。
逝った人の名が記された棒っきれの群れも濡れながら浜に並んでいる。まったく見知らぬ人の名をいくつか口づさんでみる。性別以外の想像は拒まれるけれど、いつか、どこかで出逢ってもいるような不思議な気持ちにもなる。
これらの人は皆、いなくなってしまった。そのことがわかるようでわからない。
霧雨はときおり、雨粒に変わり、また止んだりを繰り返している。

昨日、この賽の河原を訪れ、湖面に花を手向け、食べ物を並べ、その名を呼び、火を灯した人たち。
去来したのはどういう思いだったのだろうか。
逝った人の親しき名を呼び、その魂がこの青い湖面をすべっていくことを願ったのだろうか。
それとも、湖面の先で漂う魂を呼び、迎え入れたのだろうか。
砂に立ち、亡き人の名を呼んだ人たちの思いはきっと、体温にも似た熱となって、この浜を覆ったに違いない。
でも、こうして、夜を越して朝を迎えると、すべての熱が失われ、ただただ静寂の湖面だけが横たわる。

忘却と言うのだろうか。
それとも漂白と呼ぶのだろうか。

人々が抱く熱の数々が、山から湧き出した雨雲から降る驟雨や、湖面を渡る冷たい風に吹かれ、冷やされ、薄められ、鎮められていく。
人々が持ち込んだ思いの陰影は失われ、かわりに明るさが増し、白く軽くなっていく。
こうなることで、この地に立った人は明日のことを強く思えるようになるのだろうか。
だとしたら、この地が持つ力は本当に美しいと思う。

青森とは、そういう力を持つ土地なのかもしれない。
たとえば、昨日訪れた仏ヶ浦はどうだっただろうか。
最果ての海と奇岩が連なる浜で、老婆たちは眼を瞑り、大きな数珠を皆で回しながら、魂を呼んでいた。
この地では、魂は海の向こうを渡ってくるという。
海がそのまま賽の河原でもあるらしい。
青白い凝灰岩でできている仏ヶ浦の奇岩たちは、波の侵蝕によりこぼれた砂をあたり一面に広げていた。
その白い砂浜の上で老婆たちは白い着物を羽織った。
魂を呼ぶ言葉は繰り返し唱えられたが、僕はとうとう見ることができなかった。
そこで、ふと僕が、「この岩たちに魂が宿るのか」と問うと一人の老婆が、「当たり前だ。魂が宿らなければ、それはただの石だろう。それは墓でも同じだろうが。魂がなければ墓も石でしかない」と土地の言葉できっぱりと返してきた。
石には魂が宿り、それによってただの石ではなくなる。墓にも魂が入ることで初めて墓になる。
そんな当たり前のことも僕は知らなかった。
「そろそろ海が荒れてくる時間だ」と言って、老婆たちは慌てて片付けると、若衆が用意してくれた船に乗って帰っていった。船で5分程度いけば自分たちが暮らす集落に着くと教えられたが、まだそこに行ったことがない僕にとっては、海の向こうへと消えていくことと同じだった。
魂の行方も見えないし、老婆たちの向かう先も知らない。
奇岩連なる浜に一人残る僕に見えているのは、白い砂と海だけだった。

恐山に登ってきた人は、この浜に抱いてきた熱を残し、再び、もと来た道をたどっておりていった。
帰路によぎったものは何だっただろうか。大切な何かを置き去ることで得たものはあっただろうか。

恐山でつむがれてきた営みは、僕の印象の中では青く、そして白い。
宇曽利湖の青さと浜の白。硫黄にやられた頭に残るのはいつも同じ色彩だ。

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