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水仙月の四日あるいは雪狼のあしあと

来月4月11日より、盛岡市の啄木賢治青春館にて、ミニコミ誌「てくり」のイベントに絡めて写真展を行うことになった。
タイトルは「水仙月の四日あるいは雪狼のあしあと」というもので、賢治童話のひとつ「水仙月の四日」がモチーフとなっている。
ただ、展示作品の中身としては、こういう言い方が適切かどうかわからにけれど、いわゆる賢治独自のオノマトペやその陰影の深い心象風景を写真的に表現したものではない。
わかりやすくいうと、僕が30年も前にはじめて水仙月の四日を読み、雪が作り出す世界に魅了され、その後、10数年して岩手に移住し、本当に雪の世界を知り、雪とは?ということを考えてきた過程としての作品群だ。
「水仙月の四日」はあくまで写真群の根底に流れるリズムといえばいいだろうか。
早いもので岩手に暮らして15年目となる。その間、当たり前だけれど、15回の冬がやってきた。
そして感じるのは、冬がくるたびに、僕のなかで雪はいよいよ白さを増しているということだ。でも、漂白とは違う。色を抜きさっての白ではなく、厚みを持った白。雪の白は堆積し、深々と折り重なっていくことで白の増していく。そんな世界のなかに存在するのは、そこに在る者たちの温度だ。人も動物もすべてのものたちの息吹が雪のなかでまるで小さな炎のような温度を発している。
それは、春の吹雪で遭難し、赤いけっとにくるまって眠る少年の息吹そのものだと冬を迎え、降り積もる雪を見るたびに思う。

雪は僕のなかで次第に大きなテーマとなってきている。今回の展示は、そのとっかかりといえようか。
春を迎えようとする盛岡で、雪の手触りを伝えられるとうれしいのだけれど。

ちらし裏のコピー-2.jpg

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