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弁少年の記憶

弁造さんを訪れている。
秋以来のことだ。
今年の北海道は報道通りの大雪。新十津川の弁造さんのところでも例外ではなく、弁造さんの小さな丸太小屋は深い雪に埋もれていた。
とはいっても、働き者の弁造さんのこと。丸太小屋の周りは、周辺のどの家よりも美しく雪かきされている。
その几帳面な仕事ぶりは雪を整理整頓したかのようだ。

今回の訪問の目的は、まず屋根の雪下ろしをすることだった。
今年で92歳になろうとする弁造さんは昨年頃より、さすがに屋根に登っての雪下ろしは困難になっていた。
それで今年は専門業者に依頼し、1度下ろしてもらったそうだ。しかし、たび重なる大雪で業者のスケジュールがパンクし、その後は来てもらえないという状況が続いてた。
自宅となる丸太小屋だけなら、そのサイズから地面に雪を積んで、その上に登って、下から雪べらで少しづつ突っつていて、落雪を促してということもできるのだが、丸太小屋の後ろにある大きな納屋はそうはいかない。棟高もあるし、奥行きも丸太小屋の2倍以上あるため、どうしても屋根に登って雪を下ろす必要があったのだ。

僕がこの納屋の上に登るのは、もう3年ぶりになるだろうか。
そのときは、弁造さんが屋根の上で雪かきをする姿を撮りながら、いたずら程度に手伝うというものだった。
でも、今回は、屋根に上がるのは僕で、弁造さんは下にいて僕が下ろした雪を除雪機ではねるという段取りで作業を進めた。
半日ほどかけると、納屋も丸太小屋も大きな荷物を下ろしたかのようなさっぱりした表情になった。
弁造さんは二つの屋根を眺め、「ああ、これで春の大雪が来ても大丈夫だ。もう春を待つだけじゃな」と笑った。
気温はマイナスだったが、陽光はどこか暖かみがあって、確かに弁造さんの言葉通り、春の予感が感じられた。

あとは、町に買い物に行ったり、絵を描いたり、昔話をしたりという、いつもと同じときを過ごした。
昨年の秋に来たときに割った薪で部屋はぽかぽかと暖かく、本当に気持ちよく僕は何度となく欠伸をした。
そんな僕を前に、弁造さんは一生懸命、子供時代や青年時代の昔話をした。

可愛がっていた黒犬がいたが、ある日、家に遊びにきたお客さんについていったかと思うと、それきり帰ってこなくなり、次にそのお客さんを見かけると、黒い毛皮のチョッキを着ていたという話や、冬になると石狩川に柳の枝を束にしたものを並べ、雪と水をかけると凍って橋になり、その上を馬橇が歩いた話や、あまりに瘠せた土地に入植したため、作物が実らず、酪農に切り替えようと牛を飼ったが、知識不足から死なせてしまい途方に暮れていたところ、それを見かねた親切な酪農家が無償で牛を譲ってくれた話など…。
こうした開拓時代の香りがする弁造さんの昔話は薪ストーブの暖と同じように本当に心休まるものだった。

僕は、弁造さんの昔話を聞くのが本当に大好きだ。
いくら92歳といえども、思い出の数が増えるということはない。これまでの10年以上に渡る付き合いの中で、そのほとんどは聞いたといってもいいだろう。
だから、今となって新しい話を聞くことはほとんどないどころか、本当に何回聞いたかわからない話も多い。
それでも弁造さんは、とっておきの話を話してやろうという顔で楽しげに話し、僕も初めて聞くといった顔でうんうんと聞く。
夜、布団の中に入り、おじいさんに同じ話を繰り返しせがむ幼子のようなものである。

なぜ、弁造さんの昔話を聞いていて心地いいのだろうか。
それは、話に温度があるからだと思う。
開拓時代の北海道で人がどうにかこうにか生きていた時代の熱といえばいいだろうか。
その人間臭い熱が弁造さんを通して、僕にぬくもりにも似た温度として伝えられるのだ。
温度とは、人の吐く息や肌に触れたときに立ち上ってくる感覚といえばいいだろうか。

僕が好きな話で、ウサギの子供をもらいに行ったというエピソードがある。
以前、ここでもちらっと書いたように思うのだが、弁造さんがまだ尋常小学校の2年生頃の話だ。
弁造さんの友人の家でウサギが子供を生み、弁造さんはそれを見に行った。
箱に入れられたウサギの子供はふわふわの綿毛に包まれ、本当にかわいかった。
かわいいかわいいと弁造さんが触っていると、「弁、一羽、持っていってもいいぞ」という話になった。
大喜びした弁造さんは、小さなウサギを着物の胸のなかにいれ、家路についた。
ところが外は猛吹雪、ウサギを凍らせてはなるまいと両手で胸を抑え、必死で暖めながら、雪をかきわけていった。
とのときの気温はおそらく零下10度以下だっただろう。
それでも何とか家にたどり着き、ウサギを兄弟たちに見せびらかしたりした後は、林檎箱に入れて寝た。
明くる朝、ウサギの子を見ようと箱を開けてみると、そこに姿はなかった。ウサギは夜のうちに逃げ出してしまったのだ。

話はただこれだけのことだ。
ウサギをもらいにいって、吹雪の中を歩いて家に帰り、夜が明けたら逃げていた。一行で事足りる話。昔話特有の訓示のようなものは何もない。
でも、僕にはそれで十分だ。
ふわふわと柔らかなウサギの綿毛、雪原を真横に走る猛吹雪、その雪原につけられては消える弁少年の小さな足跡、雪を一生懸命かきわける際に漏れる真っ白な吐息、そして朝、箱を開けてウサギを見ようとし、姿がいないことに気づいたときの呆気にとられた弁少年の表情。
想像しうるすべてのシーンに体温のようなものが宿っているように思える。
その体温を感じるだけで僕はとても心地よい気分になれる。

今回、弁造さんの家に入り、まず見たのはイーゼルにかけられた制作途中の油絵だ。
これは弁造さんが夢に見た風景を描いているものだが、2年前に体力を落として以来、その進みは遅々としたものだった。
今回も前回訪れたときからほとんど進んでいないように見え、「弁造さん、進んでないじゃないですか」と僕が言うと、弁造さんは「ほら」と指さした。
キャンバスの隅の方、弁造さんが指差した先には、まだ描かれたばかりの白いフクロウがいた。
でも、これだけではなかった。
イーゼルの周りには、包装紙に描かれた3枚ほどのデッサンが落ちていた。
それは犬を抱く子供の姿だった。

昨年の冬のことになろうか。
石狩川の河原に車が転落し、氷点下の中、犬を抱いて一命をとりとめたという祖父と孫娘が話題になった。
弁造さんも地元で起きた事故だから関心を持っていたようで、電話で話したときには「あの子供を守った犬、ジュニアって名じゃそうじゃ。すごい犬じゃなあ。いやあよかったよかった」と喜んでいた。
その後も弁造さんは、このジュニアと子供のことが気になってしょうがなかったのだろう。
こうして二人の姿を絵にしていたのだ。

捨てられそうな小さな紙に描かれたデッサンはとても素敵なものだった。
間違いなく、そこにいる犬にも子供にも体温があり、僕に不思議な温もりを伝えてくれていた。

弁造さんに会いに行く理由のひとつは、弁造さんだけが持つ温度のようなものを感じるためなのかもしれない。

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ジュニアとの夜 2012


境界線

少し前の話になるが、年末、日本海の海辺にハタハタを見に行った。
ハタハタはいわずとしれた冬の日本海を代表する味覚なのだが、昨年、僕も魅了されることとなった。
もちろん、その深い滋味に感激したことはいうまでもないが、それ以上に心を揺さぶられたのは、「ハタハタ」と彼の地に暮らす「人」との関係だ。

「自然の恵み」
僕たちは日常のなかで簡単にこの言葉を使ったりする。
しかし、本当の自然の恵みとはいかなるものか。そんなことはいつもおかまいなしだ。
自然の中で採れたもの。自然の中で育てたもの。そんなものであれば、「自然の恵み」と僕は言ってきた。
ハタハタに出会うまで、ここに何の疑問も感じなかった。
でも今は違う。
「自然の恵み」とは、僕たちの存在を語る上でとても大切な、大きな言葉だと思っている。

過去にもこの場所 http://atsushi-okuyama.blog.so-net.ne.jp/archive/201012-1 で書いたので詳細は省くが、ハタハタのハタハタたる所以は、12月のある時期、突然、産卵のために浜に寄せることだろう。
約2週間。ハタハタを目にすることができるのはこの期間だけだ。それ以外の時期は深海に暮らすため、その存在は無に等しい。
つまり、今まで毎日海に出て漁をしていても見ることがなかった魚が、冬のある時期、それも大荒れの海のなかかやってきて、冬を生き抜く大切な糧となってくれるのだ。

さきほど「深海に暮らす」と書いたが、それは今の僕たちが知ることにすぎない。
大昔、遠い祖先たちはハタハタが普段どこに住んでいるかなんてことは知らなかった。いや、もしかしたら想像すらしなかったのかもしれない。
「冬となり、荒れ海原の先からやってきてくれるハタハタ」。この存在が大切であって、ハタハタが暮らす場所は神秘であり続けたはずだ。だからこそ、ハタハタは、神の魚「鰰」と書くのだろう。

そして、こうした「捕るもの、捕られるもの」の自然観は、自然の中で暮らす人間にとっては、ごく当たり前の感覚だったのだろう。
たとえば、北海道の地に生きるアイヌ。彼らの重要な祭祀に「イオマンテ」と呼ばれるものがあるという。
これは「熊祭り」ともいわれ、猟を通じて捕まえた子熊をある一定期間育てたのち、神の国に送ってやるという儀式だ。「送る」とはつまり「殺し」そして「食べる」というものだ。

アイヌの自然観のなかでは、熊は神である。しかし、熊の肉体はあくまで肉体であって、魂が神である。そこで、イオマンテでは、熊を大切に屠り、肉体は人の世界に置いていってもらうように祈り、魂は神の国に送ってやるというのだ。そして、送る魂に向かって、また肉体を人間の世界に持ってきてくださいと祈るのだという。

どこまでも人間の事情で作り出された考え方だと思う。熊はやはり熊であって、人のために生きているのでも神の国を行き来するのでもないと僕は思う。
しかし、そう考えるのはきっと今の僕が自然に内包された存在ではないということなのだろう。
自然の中にいる彼らは、熊の生命も神も、そして自らの生命も同じつながりのなかにあると感じていたに違いない。
熊を屠る自らもいつか熊に屠られ、そして魂は熊も人もわけ隔てなく存在していた。
つまり熊を殺すのは、自らを屠り、そして神の国に行くことでもあった。
このあたりは僕の勝手な拡大解釈ではあるが、きっとそれに近い感覚だったに違いない。

ハタハタもきった同じなのだろう。
きっとかつての人々は、自然が我々を生かすために送ってきた魚と捉えていたはずだ。
だから、捕れるだけ捕り、食べるだけ食べた(近年になって漁の技術が発達し、ハタハタを激減させたことはまた別の話だ)。
「自然の恵み」とは、きっとそういうものだ。
生命、いや、人という「存在」にかかわること。人を人として在らしめるために自然から送り届けられるギフト。そういうものなのだろう。

昨年の12月、僕が見に行ったのは、ハタハタ漁そのものではなく、浜に打ち上げられた卵だった。
「ブリコ」。この土地の人々はハタハタの卵を愛情をこめてそう呼び、これも大切な食料としてきた。
現在はハタハタ保護のため、ブリコの採取は禁じられているため、食卓に上ることはないが、今も「ブリコ」の風景は健在だ。

ハタハタは主に浅瀬の海藻などに卵を産むとされている。
卵の一粒は1mm程度だが、それを大体ゴルフボールほどの丸い塊にして産みつける。
大荒れの海での産卵行為である。上手に産みつけること自体が困難なのだろう。
多くのブリコが、波にさらわれ、浜に打ち上げられるのだ。かつて、土地の人はこれを拾って食べていたというだけあって、浜に打ち上げられるブリコはまさに大量といえる。
多い年だと浜辺一体がブリコに埋め尽くされ、しかもそれが20センチ近くも堆積していたというから驚きだ。
また、興味深いのは、浜に打ち上げられたブリコは死なないということだ。卵のひとつひとつが実にしなやかで堅い外膜を持ち、乾燥や凍れから身を守っているのだ。
理由はもちろん、再び海へと帰るためだ。
無数にころがっていたブリコは波によってひとつまたひとつと海へと戻っていき、ある時期が来ると、浜にはひとつのブリコもなくなっているという。
これをわかったような顔をして「自然の摂理」といってしまうのは僕たちの悪い癖だろう。これはきっと、アイヌの人々が創造してきたイオマンテのような行為を通じてしか、わかりえない世界なのだと思う。

その日、夜中に車を走らせ、日本海側の浜に着くと夜が明けようとしていた。
お目当ての浜にはうっすらと雪が積もり、波が砂を洗っていた。
ハタハタは数日前から現れ、いよいよ今年の漁が始まったと聞いていた。
カメラを準備して浜に降りて行った。
大量のブリコが打ち上げられるのは、産卵期の最後のころになるという。そのため、埋め尽くされるほどではなかったが、それでも数え切れないほどのブリコが浜に転がっていた。

僕は宝石を撮るような思いでブリコにカメラを向けた。
ブリコは驚くような色彩に彩られていた。
その多くは赤褐色だが、淡いブルー、エメラルド、朱、グレー…。産みつける場所で異なるのか、ブリコたちは個性を持っていた。

そこに村の古老がやってきた。夜に行われるハタハタ漁の準備をするため、浜に来たのだという。
僕は何気なく、「ブリコの色」について尋ねた。なぜ、このようにいろんな色がするのですか?と。
すると、古老は、なんだお前、そんなことも知らんのか、というようなそっけない口調で言った。

「お前にはお前の顔があるだろう。みんな自分の顔を持ってる。同じ顔はひとつとしてない。ブリコも同じことじゃ」

僕は、東北に暮らして以来、東北の風土や人の行為を理解しようとして努めてきた。
しかし、そこで本当に理解できたことはあったのだろうか。
ブリコをブリコと見なし、己を己と見なす。ここに境界線を引く。そういうものの見方、捉え方。
それはきっと、熊の魂と人の魂に境界を引き、ハタハタが浅瀬に押し寄せることを単に「産卵のため」と片づけることと同じなのだろう。
ブリコと己の間に境界線を持たない古老から見る海はどういう色をして、どういう匂いがするのろう。

今の時代を生きる僕たちに何かを取り戻す必要があるとするならば、訳知り顔の境界線を無にすることなのかもしれない。

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青森 ブリコ 2011


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