So-net無料ブログ作成
検索選択

背後にあるもの

黒石よされ-1.jpg
2011 黒石よされ

先日、青森で行われた「日本の祭り」というイベントに参加した。
撮影ではなく参加。いつもはどこへ行っても撮影という立場なのだが、今回は、ここ数年ずっと通っている青森の大間越の「春日送り」がこのイベントに参加するということで、祭り人の一人として参加させてもらうことになった。

イベントの中身としてはホスト県の青森の祭りを中心に、全国各地の祭りが集い、二つの会場に分かれて披露するというものだ。
僕が参加させてもらった「春日送り」は青森港に面したアスパム前に作られた特設会場で、初日の午後に出演することとなっていた。


本来の祭りではなくイベントでなので、リハーサルから始まり、準備、待機、出演という段取りで進んだ。そして、いろいろと準備を重ねながら本番を迎えたが実際に始まるとあっという間のことだった。
持ち時間はそれぞれ20分。この時間が長いか短いかは別として、春日送りの披露はおそらく5分ほどで終わった。
実際の春日送りは、丸一日かけて行う祭りなのだが、基本的には歌も踊りも繰り返しであるため、イベント用に披露するとなると、短時間の構成になったのだ。
それでも春日送りの「あーシッチョイ、シッチョイ、シッチョイナ」という歌声や、「エンヤラエンヤラエンヤラホーイ」という独特の掛け声は、晴天の会場に気持よく響き渡り、たくさんの拍手をいただくことができた。

そして、会場の脇でわざわざ大間越から運び込んだ春日丸をトラックに乗せ、おおよその後片付けを済ませると、みんなで記念撮影をした。
僕にとって、はじめての春日祭りの参加(そういえるのかどうかわからないけれど…)はこうして終わった。

これまで何年もかけていろいろな祭りを撮ってきたが、自分が祭りの側に立つのは初めてのことだった。
どこの土地でも暖かく受け入れてもらってきたが、よそ者の僕と祭り人の間には、見えない線がひかれていて、僕は決してその中に入ることはできなかった。
ずいぶんと慣れ親しんだ大間越でもこの状況は変わることなかった。
僕は常に土地と人と、祭りという行為を眺める存在だった。

人によっては寂しい立ち位置なのかもしれないが、そこは僕にはとても心地よい場所だ。
少し離れた場所、手を伸ばせば届きそうな場所、体温は息遣いをダイレクトに感じられる場所。言ってみると遠視と近視との間にあるような視点からは僕が見たいと願ってきた様々なものが見えた。
それは土地の匂いであり、人々の表情であり、何よりも土地の暮らしの今にほかならなかった。

そんな視座で、大間越の春日送り、白神岳山かけ、獅子舞いなどを見て、いつも驚きに満ちた思いを覚えるのが「海」という存在だった。
躍る人、跳ねる人、舞う人、歌う人…。祭りを行う人々の向こうにいつも背景としての海があった。
背景にある海はひとつとして同じものではなかったけれど、「海」という大きな存在感は変わることがなかった。そこでは、海は人であり、人は海であるようにも思えた。
以前、大間越の人たちと話していて、この土地の人々にとって、波の音は揺りかごであり、海の水は血流のようなものだと感じたことがあるが、それは感覚だけではなく、眼に見える風景としても、人と海が分かちがたく結びついていた。

今回のイベントでステージの上にあがり、「シッチョイシッチョイシッチョイナー」と歌いながら春日丸の周りをまわっているとき、少し心配になったのはそのことだった。
ステージの下でこの踊りを見ている人たちに、僕たちの背中にある海が見えているだろうか?ザザンザザンと寄せる波の音が聞こえるだろうか?
背景としての海。それを何とか感じてもらいたいと願いながら踊っていた。

とはいえ、僕自身も、自らが躍る背中にある海を想像し、波音を頭の中で聞こうとしたけれど、それは簡単なことではなかった。
きっと、大間越の人たちには容易なことなのだろうけれど、よそ者の僕は、記憶の深層を司るような海を持っていない。寂しいことだけど、だからこそ、原風景を持つことに意味があるように思う。

大間越の人と話していてこんなことを聞いた。
若いときに、故郷を離れ、内陸の町で暮らしていたというときの話だ。
あるとき、夜中に妙な恐ろしさを覚えたという。とくに何かがあったわけではないが、何か恐ろしい。
そんな日が何度か続いたとき、ふと気付く。そうか、ここの夜は静か過ぎるんだ。大間越では、夜になれば、窓の向こうで海が鳴っていた。時化はもちろん、凪であっても、海の気配が音としてあった。この町にはそれがまったくなく、ひたすらに静まりかえっている。

ほかに代わりになることばが見当たらないから「世界」などという言葉を使うけれど、個における世界観とは、生まれ落ちてからの無数の体験が複雑に絡みあいながら、その人ならではの世界を作り出しているはずだ。大間越の人にとって、海はきっと世界観のベースとなるものに違いない。だからこそ覚える静かな夜の怖さなのだろう。

出演が終わると、着替えをするため、アスパムの五階にある控室へと戻った。ガラス張りのエレベーターから眼下を見ると、黒石よされの踊り手たちが輪になって躍っていた。
踊り手の影がコンクリートに落ち、影と一緒に踊るその光景は、とても美しいものだった。
しかし、一方で強く感じたのは、この影が落ちたアスファルトに眼をこらせば、しっかりとその先を見る視力があれば、きっと違う何かが見えてくるのだろうという思いだった。

まだまだ、見ていないものがたくさんある。
東北への僕の旅はまだ始まったばかりだ。


nice!(0)  コメント(1)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 1

snowman

私は地元の祭りでも常に見る側の立場です。
参加する人と見物する人両方がいないと祭りにならないと思います。

でも少子化と過疎化で田舎の祭りは厳しい状況です。
さらに津波の被害で存続の危機です。

by snowman (2011-10-29 21:34) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。